ツイン代行スタッフブログ

五山の送り火と代行運転!!

先日五山の送り火が優雅に催された。五山の送り火とは、毎年恒例で8月16日午後8時から、京都盆地の周囲の山に、炎で描かれた「大」「妙法」の文字や鳥居、船が次々に浮かび上がる。精霊送りの意味を持つ盆の行事で、京都三大祭(葵祭・祇園祭・時代祭)に五山送り火を加え、京都四大行事と呼ばれる。東山如意ヶ嶽(支峰の大文字山)の「大文字」がもっともよく知られているので、送り火の代名詞になっている。江戸時代後期には「い」(市原野)、「一」(鳴滝)、「竹の先に鈴」(西山)、「蛇」(北嵯峨)、「長刀」(観音寺村)などの字形もあったが、途絶えたといわれている。私は運転代行中だったので、少し覗き見る程度であったが、何よりも京都市内が混雑していた。中でも駐停車の車で交通に支障があったが、毎年恒例の京の風物詩なので腹も立たないけれど、やはり京都の人々も長年催されてきた行事だけに、多くの方々が観覧していた。やはり五山の送り火を見ないと夏が終わらない感じです。昨夜の京都も熱帯夜でした。夜間でも30℃近くあったと思う。運転代行をしていてもお客様をエスコートするときなど汗がひたたり落ちる程である。しかしながら、古都の風物詩を見ながら去り行く夏を感じ、秋の憂いを感じれる仕事は代行運転ならではって感じます。季節は変わり行くけてど、変わらないのが私の大好きな代行運転サービスの仕事である。私は幾たびも季節の移ろいを肌で感じながら代行運転に精進したいと思いを馳せながら五山の送り火の夜は更けて行くのであった…

とにかく熱い京都!!と運転代行

今年は特に暑い夏である。暑いと言うよりも熱いが正しいのかもしれません。今日は岐阜県多治見市では40.9℃を記録した。観測至上75年ぶりの記録更新と聞いてなお熱く感じるのは私だけだろうか!京都もご他聞にもれづ暑い。今日も37℃はあっただろう。昼に外に出ると意識がとうのく感じである。私には83歳になる母がいる。今日のニュースを聞いていると少なくとも10人位の高齢者の方が熱中症で亡くなられたと聞いた。そんなニュースを聞くと母のことが気掛りでしょうがない。何時も決った時間に電話を掛けてくる母に、少し疎ましく思うときもあるが、最近では元気な声を聞くと嬉しい。最近私の母に対する口癖は決して外に出るなである。私の運転代行の仕事を気に掛けて心配してくれる母である。私は夜の仕事であるため、暑いと言っても大したことはない。運転代行は正に楽園である。交通が混雑することもない。暑さ寒さもへっちゃらです。ただひとつ交通事故さえなければ…どんな仕事にも喜び、悲しみ、苦しみはつき物である。リスクのない仕事なんかありえない。私は毎日毎夜一発入魂である。大切なお客様とお車を私に託して下さっているのだから…運転手さんありがとう、また、頼むわの一言を聞きたくて毎日頑張っているのです。代行運転の仕事は私には天職と信じて…

お盆と運転代行!!

今日も京都の街は酷暑であった。多分30℃は超えていたと思う。昼間五条通を走っていると、大変混雑していた。中でも他府県ナンバーの車をよく見かける。多分夏休みの旅行か里帰りの途中なのか、みんな楽しそうでなんか元気をもらう気持ちになる。運転代行の営業中の一コマであるが、少しうらやましくも、微笑ましくも思う。人にはそれぞれの人生がある。その一コマに京都に訪れてもるうことは、大変うれしく思う。代行運転をしていると他府県のお客様からのご依頼を受けることもある。私は京都のことを少しでも知ってもらおうと知っている限りの知識でお持てなしをしているつもりであるが、正直、余り京都のことを知らないように思う。小学生の時、二条城も見学したきりだし、東山の清水寺も近くまで行くが最近参拝したことも無いように思う。案外近くのことを知らないものであるのは、私だけだろうか?せめて運転代行のお客様にもっともらしくガイドできるように京都検定に来年は挑戦してみようと思う。お盆は国民的行事である。夕べに礼拝明日に感謝ではないが、先祖の霊を供養することが本来の盆である。8月16日には京都では五山の送り火がたかれる。古式ゆかしい伝統的な行事である。私も代行運転中に少しでもみられれば幸いです。私が今日代行運転を元気にできるのもご先祖様のお陰だと感謝したいと思う。人には必ずルーツがある。廻り回れば多分人類は皆兄弟であると思う。だから、毎日運転代行の一瞬でも出会うお客様との一期一会を大切にしていきたい。そんな気持ちにしてくれる盆の一夜であった…

運転代行も職人であれ!!

先日、運転代行の依頼を受けたお客様との会話の一説であります。その方は京都の伝統工芸である西陣織の 職人さんとのことでした。俺は一反一反、自分の子供や思って織り込んでいる。言わば俺の分身なんや。子供にも色々いるように、織物もそれどれ個性がある。 その個性を生かすように仕上げてやるのが、俺の仕事なんや。俺は生涯職人なんや!!っておっしゃられていました。私も大変お話に没頭し、すごく言葉に力の あるお話に感銘また、共感しました。私も日頃からプロであれと言い続けてきました。運転代行の仕事においても、ただ単に技術の切り売りだけでなく、やっぱりプロやなって思ってもらえるような運転代行を心掛けてきました。たかが、代行運転、されど、代行運転です。しかし、私は、車の技能、知識に関しては自信があります。しかしながら、そのお客様のように職人ではなかったように思います。やはりその運転代行の一シーン、一場面ごと単に技術の切り売りをしていたに過ぎないのです。やはり、奥には奥があります。表面だけの代行運転だけでなく、奥行きのある、お客様が乗って良かった、呼んで良かったって思ってもらえるような、運転代行サービスの充実に努めたいと考えます。自分におごることなく、朽ちることもなく、胸を張って公共交通の一役を担える代行運転の職人になりたいと心からそう思うこのごろでした。今は知られてない代行運転屋ですが、日夜研鑽し、あの運転代行に頼みたいって、言ってもらえるようなツイン代行サービスに自分の手で丹精込めて、あのお客様のように職人になりたいそんな気持ちで今夜も白々の夜は明けていくのでした。

酷暑な代行運転!!

毎日連夜。京の街なみはとにかく暑いです。地形の関係か盆地である京都は熱気むんむんって感じです。京都では昔から水まきという夏対策の一つの方法がある。これも先人の知恵なのか、とにかく自分の前の道に柄杓で水をまくことにより。体感温度を下げる古式ゆかしき作法がある。これも今で言うヒートアイランド現象を防ぐ方法であったとは、当事の人々は知るよしもないことでしょう。しかし、今では水道代が掛かるためなのかそんな夏の風物詩を見ることも少なくなった。悲しい現実である。運転代行をしているとき、私たちはスタッフにスーツを着用するよう義務づけている。クールヴィズと言いながら、お客様に失礼があってはならないと諭しみんな協力してくれている。でも、やはり真夏の京都は熱帯夜です。運転代行をしていても汗が流れ出ます。しかし、私は何時もそんなとき思います。真昼にお仕事をされている道路工事などに従事されている方なんかからすれば、何を言うてんねんっとお叱りを受けるって…代行運転は車のエアコンにより快適なはずですがそうでもありません。やはりお客様の大切なお体とお車をお預かりしている以上やはり緊張のせいか汗がでます。私の経験からですが、運転代行を利用されるお客様によっても変わりますが、全体に女性は車内温度を高めに設定されており、逆に男性はかなり車内温度を下げられているように思います。代行運転中の会話でも女性はクーラーなどにより冷えを防ぐため膝掛けなんかを使われるのも納得いきました。私も代行運転中でも室温など色んなお客様の様子に気配りができるよう運転代行に精進したいと考えます。例え今夜が暑かろうと…

代行運転と花火大会!!

今日は京都府亀岡市の平和祭のメイイベントの花火大会である。毎年恒例で行われる花火大会の一つであり、亀岡市が平和都市を宣言するとともに平和祭が催されて今年で56回目を迎えます。その祭の一大行事である花火大 会も56回目となり、毎年8月7日の正午に西山平和塔前で「永遠の平和と繁栄」を願う平和祈念式典が開催され、その明かりを保津の河原まで移して (平和の火パレード)花火を打ち上げるそうです。今を遡ること62年前の悲惨な戦火に散った多くの戦死者の御霊を慰霊する鎮魂の行事であることを我々は忘 れてはならないと考えます。私は毎年花火大会を見に出かけていましたが、今年は運転代行の仕事のため、見ることはできませんでした。京の五条通り、国道9号線は夕刻になるにつれいつもよりまして渋滞していました。夏の風物詩の一つであり、夜空に描かれる花火絵巻は本当にキレイだと思います。毎年雨が降るのが恒例なのに今年は夕立はあったものの、いい花火日和で良かったと思います。代行運転をしていてもつい西の空を見て少し灯りと音か聞こえたと思います。京都では、八月十日の宇治の花火大会や、八月十四日の南丹市八木の花火大会も行われる予定です。まわ、私には縁の無いことですが…

代行運転待機中のドライバーのマナー!!

代行運転中のお客様が居られる時と、そうでない時の態度について、これは全ての職業ドライバーに ついて言えるかもしれませが、街中では、色々な光景を見かけます。私がもし、お客様でしたら、あんなドライバーには乗りたくないなって思うことがありま す。例えば、お客様待ち、荷待ちの時に、ドライバーズシート(座席、助手席)などを倒して新聞を読んでいたり、ナビのテレビ観戦、競馬新聞を読んでいるな ど色々な光景を目にします。中には足をハンドルにかけて悪態をたれている方は論外ですが、見かけることがあります。もし私ならあんなドライバーには乗って 欲しくないし、大切な命を預けることなんかできません。まして大切な車ならもっといやです。やはりビジネス中って感じが余り意識としてないのは困りもので すね。やはり、常に周りから見られているって意識の欠如でしょうか?私たちは、単にお車を運ぶだけでなく、代行運転を通して大切な個人の生命、財産を運んでいると言うと言い過ぎかもしれませんが、少なくとも私は、そのような思いで運転代行を行っています。お客様が呼んで良かった、乗って良かったって思ってもらえる、また、○○代行の○○君にお願いしたいって思ってもらえる代行運転サービスを行いたいと考えます。人間たるもの、神様でもあるまいし、裏と表があります。特にマイカー、 マイハウス、マイテリトリーに入ると本来の性格が顕著に出るものです。みなさんの周りにもいませんか?車に乗ると性格の変わる人…やはり我々はプロであり ます。決してアマチュアであってはなりません。少なくともお客様のお車で乱雑な運転をすればどうでしょう?お客様には2つのタイプの方がいらっしゃいま す。1つは運転手に向かって荒いと言われる方、もう一つは黙って乗っておられて、次回から決してその運転代行社を使われない方です。やはり、私たち代行運転中業者または、携わる職員は本職、臨時雇用の体系に関係なく、精一杯お客様にご奉仕する、持てる能力の全てを出して安心、安全、確実にお送りする。そしてまたリピートして使っていただける代行運転業者であり、ドライバーなければなりません。これこそが、私たち運転代行に従事するもの全ての責務だと考えます。

運転代行中にお客さまに言われて”ポッ”となりました!!

運転代行中にお客さまとの会話は重要な仕事の一環です。先日もお客さまと色んなお話をします。野球のこと、今日の出来事、お互いの仕事の話…など色んな話をお聞きします。しかしながら、代行運転中に知り得たお客様との情報は他言すること、いわゆる守秘義務を遵守しております。先日も代行運転を初めて頼まれたお客様に”運転主さんほんとに丁寧に運転するな!!”俺も見習うわ”っておっしゃって下さいました。私は、たった一言の言葉でしたが、嬉しくて、思わず赤面しました。自分自身では、少し時間におされて心中は焦りと、不安で一杯一杯でした。しいて言えば、いつもよりも運転が少し乱雑だったかなって、思いました。しかし、私は運転代行のプロであります。いかなる時も、どんなときも大切なお客様とお車を安全、安心、確実にお届けすることが使命です。でも、私は何時も運転代行前に心に言い聞かす言葉があります。焦るな、急ぐな、遅れるな!!で す。でも、そのことが良かったのか、自分の知らない時でも、速度、合図の時期、ブレーキ操作のタイミング、乗り心地など気遣いする習慣がついていたので す。長らく交通に携わって仕事をしてきたお陰ですし、私に色んなことを教えてくださった前職の先輩、同僚、上司などに本当に感謝をします。からだと美しい と書いて躾(しつけ)と書きます。やはりそのとおりであります。三つ子の魂百までも、ではありませんが、これからもお客様に誉めていただけるように、一回 一回の代行運転も誠心誠意お客様に模範となる運転を行い、呼んで良かった、頼んで良かった運転代行の推進に努めたいと決意を新たにしました。

運転代行と海猿と陸猿と安全管理!!

運転代行のないプライベートの時間、相変わらず海猿にはまっているこの頃であります。言うまでもなく海上保安庁の潜水士を通称”海猿”と言う。主観ですが私は、個人的にも海が好きである。小型船舶操縦士を取得したのも母の生まれ故郷が、広島県呉市警固屋町…であり、祖母の実家は地内倉橋島内にあります。去年の夏、ひょんな事から広島県呉市にある大和記念館に行き、呉の歴史を知り、悲惨な戦火の中、一億総特効の使命を命じられ、戦艦大和が建造され、出航した場所から大和記念館が設立された。昨年は、おとこたち大和か ら非常に脚光を浴び、記念館は大賑わいでありました。当事を知る人が言うには、大和が建造されていた頃は、離れた倉橋島から呉の町並みが大和の船影で見え なかったと地元の人は話していたと聞きました。戦況が悪化した太平洋戦争の時にも呉は当事海軍公省があり、呉の街も戦火にさらされたらしい。私は呉が大好 きであり、人生の第三章は呉の倉橋島で暮らしたいとまで思っています。海猿の舞台になった海上保安大学校も広島県呉市若葉町5番1号の海ノ浦にあり、やはり呉は正に船舶と共にありし、古き良き港湾都市であります。私は海猿ではありませんし、人命救助なんて大それたことはできなせんが、私のやっている運転代行も立派に人の役に立っていると思います。ともすれば、飲酒運転による交通事故で最近では、尼崎市内で酒に泥酔した容疑者が当て逃げをし、対向車のタクシーに正面衝突し尊い人命がまた犠牲になった事故は記憶に新しい所です。やはりこんな事故をニュースで聞くと心が痛みます。私は当然食うために眠い目を擦って毎日代行運転をしています。一件でも多く、一人でも多く運転代行を して無事に家族の元まで送り届けることが私たちの最大の使命です。お客さまが家仁帰って”また飲んで来たのか”と奥様に叱られる光景が送れることが、その 家族にとっては最高の幸せなんだなって、勝手に想像したりしています。無事に帰る何でもない光景が送れる人が一人でも増えるようこれからも運転代行に励みたいと思います。暗い、嵐の海に人の命を助けるために海猿は救助に向かいます。しかし、ドラマでも言っていますが、海上保安官の最大の使命は”生きて帰ること”のように、私たち代行運転業を営むものは、安心、安全、確実にお客さまをお送りすることが、使命であります。まさに、”通称陸猿”でなければなりません。私たちがお客さまのお迎え先に安全、迅速に到着しなければ、代行運転は始まりません。そのためにも、安全運転管理を徹底し、スタッフのドライビングスキル向上を目指し、教育していかなければなりません。それだけでいいんでしょうか?いえ、やはり私自身を律し、凛とした姿勢で運転代行に取り組む姿勢を示す事であると考えます。そう、映画海猿で、新米潜水士仙崎に隊長や先輩たちが導いたように…

運転代行と海猿って!!

運転代行のないプライベートの時間、相変わらず海猿にはまっているこの頃であります。言うまでもなく海上保安庁の潜水士を通称”海猿”と言う。主観ですが私は、個人的にも海が好きである。小型船舶操縦士を取得したのも母の生まれ故郷が、広島県呉市警固屋町…であり、祖母の実家は地内倉橋島内にあります。去年の夏、ひょんな事から広島県呉市にある大和記念館に行き、呉の歴史を知り、悲惨な戦火の中、一億総特効の使命を命じられ、戦艦大和が建造され、出航した場所から大和記念館が設立された。昨年は、おとこたち大和か ら非常に脚光を浴び、記念館は大賑わいでありました。当事を知る人が言うには、大和が私は、最近”海猿”のDVDにはまっています。みなさんもご承知のように、海上保安庁の職種の中の潜水士にクローズアップして描写したドキュメンタリードラマと劇場版であります。劣悪な職務状況の中で、任務遂行に生命を掛けて生と死の狭間で苦悩する海上保安官の過酷な職務をリアリティーに描かれていて、大変感銘を受けます。その中で、良く出てくる用語にバディー( 仲間。相棒。2 特に、スキューバダイビングなどで、二人(以上)が組んでいるときの相棒。)との信頼関係が職務遂行に大きく影響するとのことです。やはり、仲間同士の信頼関係がないと、場合によっては相方に命すら預ける状況下で、ただ一つ信じられるのはお互いの信頼関係のほか何物でもないことを私は知り、大きく共感を受けました。私たちの代行運転もお客さまのお車を運転するメインと弊社の随伴車を運転するヘルプドライバーとのツインで行く業務です。大げさかもしれませんが、正に、バディーです。チームワークなしでは、また、信頼関係なしては、成し遂げなられないと考えます。そこに大切なお客さまをお送りする、海上保安官の職務では、取り分け、遭難救助者にあたるのでしょうか?何れにしろ、海と陸との相違はありますが、個人の生命、財産を守ると言うことからすれば、お叱りを受けるかもしれませんが、同等な職務と運転代行に自負しております。私たちの代行運転により、痛ましい飲酒運転による事故が一件でも減ること、ひいては、加害者、被害者の家族、親類縁者を守ること仁なると考えます。私も代行運転業を通して何か社会貢献の できる仕事と考えていたところ、私には車しかないと思ったからです。車を通してなら皆さんのお役に立てる、事故が軽減し、大好きな車に乗って食えたらどん なによいか、”好きこそことの上手なれ”ではありませんが、私は、この仕事で生計をたて、一生懸命継続して行きます。それが、私の存在証明、生きた証であると信じております。建造されていた頃は、離れた倉橋島から呉の町並みが大和の船影で見え なかったと地元の人は話していたと聞きました。戦況が悪化した太平洋戦争の時にも呉は当事海軍公省があり、呉の街も戦火にさらされたらしい。私は呉が大好 きであり、人生の第三章は呉の倉橋島で暮らしたいとまで思っています。海猿の舞台になった海上保安大学校も広島県呉市若葉町5番1号の海ノ浦にあり、やはり呉は正に船舶と共にありし、古き良き港湾都市であります。私は海猿ではありませんし、人命救助なんて大それたことはできなせんが、私のやっている運転代行も立派に人の役に立っていると思います。ともすれば、飲酒運転による交通事故で最近では、尼崎市内で酒に泥酔した容疑者が当て逃げをし、対向車のタクシーに正面衝突し尊い人命がまた犠牲になった事故は記憶に新しい所です。やはりこんな事故をニュースで聞くと心が痛みます。私は当然食うために眠い目を擦って毎日代行運転をしています。一件でも多く、一人でも多く運転代行を して無事に家族の元まで送り届けることが私たちの最大の使命です。お客さまが家仁帰って”また飲んで来たのか”と奥様に叱られる光景が送れることが、その 家族にとっては最高の幸せなんだなって、勝手に想像したりしています。無事に帰る何でもない光景が送れる人が一人でも増えるようこれからも運転代行に励みたいと思います。暗い、嵐の海に人の命を助けるために海猿は救助に向かいます。しかし、ドラマでも言っていますが、海上保安官の最大の使命は”生きて帰ること”のように、私たち代行運転業を営むものは、安心、安全、確実にお客さまをお送りすることが、使命であります。まさに、”通称陸猿”でなければなりません。私たちがお客さまのお迎え先に安全、迅速に到着しなければ、代行運転は始まりません。そのためにも、安全運転管理を徹底し、スタッフのドライビングスキル向上を目指し、教育していかなければなりません。それだけでいいんでしょうか?いえ、やはり私自身を律し、凛とした姿勢で運転代行に取り組む姿勢を示す事であると考えます。そう、映画海猿で、新米潜水士仙崎に隊長や先輩たちが導いたように…

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